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最高裁判所第一小法廷 昭和49年(オ)50号 判決 1976年7月19日

主文

原判決中上告人敗訴の部分を破棄する。

前項の部分につき被上告人の控訴を棄却する。

訴訟の総費用は被上告人の負担とする。

理由

上告代理人山田弘之助、同山田隆子の上告理由第一及び第二について

所論は、本件協定の有効期間に関する原判決の解釈には、経験則違背ないしは理由不備の違法があるというものである。原審の確定したところによれば、(1)上告人はオートバイ等の製造販売業者であり、被上告人は輸出入業者であるが、昭和三九年七月三一日頃右当事者間において上告人の製品カワサキオートバイB8型等のタイ国向け輸出に関し、本件協定を締結し、英文の協定書(甲第一号証の一)を作成したこと、(2)本件協定前における上告人の製品のタイ国内における販売実績は比較的少なく、右協定はその販路拡充を意図するものであつたこと、(3)本件協定の締結当時、被上告人はその資本、信用が比較的弱体であり、かつ、タイ国内の機構も貧弱で、独立の事務所や専任駐在員もなく、テレツクス(加入電信)の設備もない状態であり、このような事情は上告人も知つていたこと、(4)被上告人の販売能力や市場の将来性など不確定な要素があるため、本件協定による取引は、試験的なものとして行われたこと、(5)被上告人は本件協定に基づき所定の期間に前記オートバイ八〇〇台をタイ国サムヨント社向けに輸出したこと、(6)サムヨント社から上告人に対し被上告人のタイ国内における機構、施設が貧弱なうえ、資金の援助も受けられないので、被上告人を介する取引を希望しない旨の申入れがあり、被上告人が取引代金の支払を遅延することがあつたこと、(7)上告人は、昭和四〇年三月頃被上告人から本件協定更新の申出を受けたがこれを拒絶し、同年八月一日以降被上告人に右製品の輸出を取り扱わせなかつたこと、以上の事実が認められるというのである。

原判決は、右事実関係のもとで、本件協定書第一条により、上告人は被上告人に対し試験的に一年間カワサキオートバイB8型をタイ国サムヨント社向けに輸出させることにし、被上告人が右一年間に六〇〇台を超す輸出成績を挙げることを条件として被上告人を右製品の指定輸出業者とする旨を約定したものであり、同協定書第三条は、第一条所定の試験期間とその更新について定め、被上告人が同条の条件を満足しなかつた場合には、当事者の一方から試験期間の延長を申し入れ、被上告人が同条の条件を満足した場合にも、上告人から試験期間の延長を申し入れることが、それぞれ可能な趣旨であると解し、被上告人が第一条所定の期間内に六〇〇台を超す成績を挙げた以上、被上告人は指定輸出業者たる地位を取得したものであるとして、その請求を一部認容した。

おもうに、法律行為の解釈にあたつては、当事者の目的、当該法律行為をするに至つた事情、慣習及び取引の通念などを斟酌しながら合理的にその意味を明らかにすべきものである。これを本件についてみると、一般的に、輸出貿易の市場関係が、他の同業者による介入、輸入業者の倒産その他の輸出先の販路の事故など市場関係を急激に変化させる要因が極めて多く、変遷し易いものであることは、原審の確定するところであるから、このような事情をも合せて考察すると、前記事実関係のもとでは、本件協定による取引は、タイ国内における被上告人の販売能力や市場性につき不確定な要素があるため、試験的に行われたものであつて、本件協定書第一条により、上告人は、被上告人が同条の製品を年に六〇〇台タイ国サムヨント社向けに発注することを前提として被上告人をその輸出業者とする旨を約し、さらに、同第三条において、本件協定に基づく取引期間を一九六四年(昭和三九年)八月一日から一九六五年七月三一日までの一年間とし、必要に応じて満了の三か月前に当事者双方の協議によりこれを延長(更新)することができる旨を表明したものであり、その趣旨とするところは、本件協定は、更新されない限り一九六五年七月三一日の経過とともに失効し、当事者の一方が右協議を申し入れても、相手方がこれに応ずる義務はないものと解するのが相当である。けだし、これを原判決のように解するのは、本件協定書の明文に反するのみならず、被上告人は同第一条のオートバイ六〇〇台を第三条所定の一年間に輸出することにより当然に指定輸出業者たる地位を取得し、その後は期間の制限なくその地位を保持しうることとなり、本件協定による取引を試験的なものとした当事者の意思にも反する結果となるからである。

そうすると、上告人が被上告人の更新申入れを拒絶したことは前記のとおりであるから、本件協定は一九六五年七月三一日の経過によつて終了したことになるので、上告人が被上告人に対し同年八月一日以降右約定による製品の供給をしなくても、そのことが、被上告人主張のように、債務不履行ないし不法行為となる筋合はなく、この理は、被上告人が所定の六〇〇台以上を輸出したことによつて異なるものではない。したがつて、被上告人の本訴第一次請求及び予備的請求は、その余の点について判断するまでもなくいずれも失当としてこれを棄却すべきであり、右と異なる判断のもとに、被上告人の第一次請求を一部認容した原判決には、法律行為の解釈を誤つた違法があり、その違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、その余の点についてふれるまでもなく論旨は理由があり、原判決中上告人の敗訴部分は破棄を免れない。

よつて、民訴法四〇八条一号、三九六条、三八四条、九六条、八九条に従い裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 団藤重光 裁判官 下田武三 裁判官 岸 盛一 裁判官 岸上康夫)

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